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商都松本の中心街 本町周辺の散策 (歴史)

今でも、商都松本の中心街

本町通りは、松本城主の小笠原氏が、城下町の建設に着手し、町割りをさだめまことがその始まりといわれています。この時、お城の大手門(今の千歳橋のところ)の真南に道がひらかれ、本町ができました。

江戸時代の頃には、本町通りの西側に有力な町人達が軒をつらね、善光寺道と野麦街道の分岐点として、交通の要衝として繁栄していました。

明治時代になってからは、本町は、松本の様々な商品を扱う問屋が集まったまちとして栄えました。呉服・麻・足袋・下駄・紙・魚などを扱う店がいくつも軒を連ね、活気に溢れていました。道の両側は黒壁の土蔵づくりの店舗や洋館が並び、電灯がつき、人や車が走りまわる町になりました。

大正時代には、現在の松本郵便局のある所に、日本銀行松本支店が設置されました。これは、当時、岡谷や諏訪の紡績が日本を支えていたため、県庁所在地の長野市ではなく、長野県内第2の都市、松本に置かれたといわれています。その後、松本は長野県の金融・経済の中心地になって行きました。町には地元の銀行はもとより、大手市中銀行の支店が並び、本町は商都松本の中心街として不動の地位を占めるようになりました。

本町の隆盛は、昭和20年代頃まで続きましたが、昭和30年代に入って全国的に車が普及してくると、商品の運搬は鉄道からトラックに変わり、大きな問屋が、本町から広い場所と交通の便を求めて、つぎつぎと郊外へ移転して行きました。昭和38年〜41年にかけて本町は、車社会に対応できる街を目指して、道路幅員の拡幅に取り組み、昭和57年にはアーケードと御影石の歩道を備えた、近代的な小売商店街に整備されました。

ところが、車が一家に一台の時代から、一人一台の時代へと移り変わるのつれ、大きな駐車場を備えた、郊外の大型ショッピングセンターにお客さんを取られ、本町は衰退して行きました。そこで、新たな魅力を持ったまちに作り変えるべく、官民合わせて900億円を超える投資を行い、大規模な区画整理事業をしました。全国の中心市街地が、空き店舗が目立つ「シャッター通り」といわれる中、魅力的な商品を揃えるお店が並ぶ町に変わりました。

 

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